目下の恋人   辻仁成

目下の恋人 (光文社文庫)

目下の恋人 (光文社文庫)

「好青年」
その言葉だけで、私の胸は少し痛い。


恋と愛について綴られた短篇集の中で、
「好青年」という作品がある。
その言葉で、私は「サヨナライツカ」を思い出す。
内容を読んでみると、
「サヨナライツカ」を本当に荒削りした作品だった。
好青年と沓子と光子の物語。
ただ舞台をNYにし、文章も粗く感じられた。
そして舞台はやっぱり、灼熱のバンコクが似合うなと思った。
最近TVで、映画「サヨナライツカ」の予告が流れるが、
その度に私の胸は痛い。
じっと見入ってしまうと、
予告だけで泣きそうになる。
ストーリーが持っている感情の揺れが、
胸の中に押し寄せる。


「目下の恋人」は、
ずっと前にドラマか何かで見たことがあるが、
ストーリーはおぼろげにしか覚えていなかった。
すべての作品を読んでみて、
この「目下の恋人」の良さがなおさらわかった。


「世界の果て」はどこかで読んだこと、
もしくは見たことのあるストーリーで、
何か不思議な感覚の物語だった。



一瞬が永遠になるものが恋
永遠が一瞬になるものが愛
     (「目下の恋人」より)


いつも人はサヨナラを用意して生きなければならない
孤独はもっとも裏切ることのない友人の一人だと思うほうがよい
愛に怯える前に、傘を買っておく必要がある
どんなに愛されても幸福を信じてはならない
どんなに愛しても決して愛しすぎてはならない
愛なんか季節のようなもの
ただ巡って人生を彩りあきさせないだけのもの
愛なんて口にした瞬間、消えてしまう氷のカケラ
サヨナライツカ
永遠の幸福なんてないように
永遠の不幸もない
いつかサヨナラがやってきて、いつかコンニチワがやってくる
人間は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと
愛したことを思い出すヒトとにわかれる
私はきっと愛したことを思い出す
                (「サヨナライツカ」より)


そして私は思う。


私はきっと、
恋したことを思い出す。