母なる自然のおっぱい   池澤夏樹


「何故、旅をするのか」
旅人であるなら、きっと一度は突き詰めて考えるであろう。


池澤夏樹は人が旅する理由を、人間の原始の姿に求めた。
原始から来るもの、つまり人間は本能で旅をしているのだと。


身の安全や、今日の食料の安心もできないような、事件や危難と隣り合わせの長い長い時代。
(現代でもそのような暮らしを迫られる人々はいるが。。)
しかし事件や危難がもたらすものは恐怖ばかりではない。
大事なのはそれをクリアした後に得る喜び。
事件や危難は、幸福や魅力の源である。


旅に出る前には、起こりうるであろうことをあるだけ想像する。
しかし実際には、想像しえないことが起きる。
そこに旅の魅力がある。








私は21歳の時アジアを旅しながら、
何故旅をするのかひたすら考えていた。
そして同じくらい、
何故私は生きるのか考えていた。
そして私が至った結論は、
「生きるために旅をする」
「旅するために生きている」
というものだった。
なんて安直な逃げなんだって気もするが、
とりあえずはそんなところで落ち着いた。
でも今でもそう思ってる。
変わらないでしょう(笑)?



いい写真を撮りたい・いろんな国の文化や言葉や歴史を知りたい・いろんな人と出会いたい・おいしいものを食べたい・見たこともないものを見てみたい・旅の苛酷さを体験したい・気持ちのいい場所でのんびりしたい・あらゆる経験を積みたい。
そのどれもであってどれでもない。
本当はどれでもないんだ。


旅をしていて心が高揚するのは、飛行機に乗って飛び立つ瞬間。空港のロビーでその場所の空気を吸った瞬間。国境をまたぐ瞬間。そして何より「これから旅に出る」と思って、家を出る瞬間。
いつもいつもスタートだ。




おもしろいフレーズがあった。

絶対安全で完璧に予想可能な時間の中に身を置くものは、結局はなまぬるい時間に溺れてゆっくりと窒息してゆくだけだ。



私はまた必ず旅に出る。
旅が一度で終わるわけがない。
今日この瞬間死なない限り、そう思って生きている。