「蛇を踏む」 川上弘美

とろとろと喉を伝っていく。何かとても異質なものが喉を下っていくのに、とろとろしたものに包まれてすんなりと下りていく。蛇が卵を飲み込む感覚は、こんな感じだろうか。いつまでも喉に張り付いて消えない粘膜の感触は、決して不快なものではない。ただ何かとても異質なものを飲み込んだということだけは、確かなのだ。それは重くはないが殻に包まれていて、他に溶けたり混ざり合うことはなく、しかし中にはどろっとしたものが揺れている。
想像とは現実を超えるものだ。しかし想像は現実に起こりうる可能性の守備範囲を知っているし、それをはみ出すということは可能性を全否定した上でのみ成り立つ。しかし川上弘美の小説は可能性の守備範囲を大きくはみ出しておきながら、もうひとつの着地点に降り立った落ち着きを持っている。起こりえないことを、あたかも当然のことのように淡々と連ねる。私が見ている世界の鱗を小指ひとつで外していく。川上弘美の夢物語は、夢物語の中で生きている彼女の現実である。妙に落ち着いているのは、それが川上弘美の日常だからなのだ。そして私の日常と彼女の日常に境界線などない。
あやふやな粘膜が体をまわる頃、私は想像が壊していく現実世界の隙間にそっと入り込んでいく。