祖父の話

「銃剣を水平にしてこうぐっと刺すと、肋骨の間を通って内臓まで届いちゃうんだよ。刺したら水平のを縦にまわしてすぐに抜く。じゃないと筋肉が固まって抜けなくなっちゃうからね。刀は人間の油で錆びちゃうから、刺したら必ず拭くんだよ」
祖父は私に向って銃剣を刺す振りをした。一瞬、祖父の視線がこわかった。祖父は確かに人間を殺したんだ、とリアルに感じた。終戦までの2年半、祖父は大陸で戦った。
「最初は嫌だっけやぁ。でも上(うえ)がやれって言うからどうしようもない。もっとも、やらなきゃやられちゃうけどね。慣れちゃうとね、あれはもう人間じゃない…獣だな。顔も洗えないから真黒で、目だけが白くぎょろっとしててな。それでものすごく暑いんだ。ずっと谷間を歩くんだよ。上に出ると敵に見つかっちゃうでしょ。前も後ろもぐっちゃり汗をかいて、それが乾いて服に塩が残るんだよ。寝るときもヘルメットかぶって座ったまま、いつ『敵襲!』ってくるか分らない」
祖父はよく戦争の話をする。その2年半が、祖父の人生の根底にある。一生話し続けても足りないのだろう。祖母は、祖父が戦争の話をするのをとても嫌がる。こわいのだと思う。自分の夫が人を殺したという事実が。もしくはそれを超えた、悲しみに似た感情があるのかもしれない。でも、祖父は立派に幸せな家庭を築いた。
「今、中国でデモやってるでしょ。あれは当然なんだよ。ちょっと謝ったくらいじゃ許されないことをしてきたんだから。食べ物を奪って、家畜も殺して食べて、もっともっと酷いことをしてきたんだから。でもね、どうして昭和天皇が生きてる時にやらなかったんだって話だよ。今じゃもう、誰も戦争を知らないんだから。本当は昭和天皇は腹切って死ぬべきだったんだよ。そしたらこの人は、やっぱりこの国の天皇だったんだって」
もっと知るべきだ。私はまだ、知らないことが多すぎる。そして感じなきゃならない。
「爆弾が落ちるでしょ。そしたら急いでその開いた穴に入るの。爆弾は決して同じ場所には落ちないんだよ。だから、爆弾だ!って逃げたら今度はその逃げた方に飛んできて、死んじゃうんだよ」