京都。



僕は此の世の果てにゐた。陽は温暖に降り洒ぎ、風は花々揺ってゐた。
(中略)
さりとて退屈してもゐず、空気の中には蜜があり、
物体ではないその蜜は、常住食すに適してゐた。
(中略)
名状しがたい何物かゞ、たえず僕をば促進し、
目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴ってゐた。


中原中也 「ゆきてかへらぬ―京都―」より








懐かしさにさえなれ得ない切なさが、
その街には漂っていて、
優しくて生ぬるい夜風を肌に纏うように、
記憶を漕がずには歩けない。